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幼稚園年中の頃場面緘黙症と診断を受けた娘。でもその幼稚園生活で、たくさんの素敵な出会いに恵まれ場面緘黙症に打ち勝ち楽しく過ごせ、克服が出来た。次は小学校だー!!このまま順調にいくかと思いきやまさかのコロナで自粛!!!

4月入学式&クラス決定

小学校の入学説明会で、場面緘黙症のことを事前に伝えてあったので、どんな先生で、どんなクラスの友だちなのか期待と不安が入り混じっていた私。蓋を開けてみたら、こんな感じだった。

まずは、先生

10年以上働いている大ベテランの女の先生。二つ上の息子が一年生だった時も隣の隣のクラスの先生で、去年も一年生の担任の先生。一年生向きの先生なのだろうか。しかも3回も一年生の先生をしながらも、なぜか毎回学年主任の立ち位置でない先生。でもすぐにその理由が分かった。リーダー格の先生ではなく、とても穏やかで、どこか自信がなさそうな雰囲気をかもし出しながら話す先生だった。だから学年主任を自ら辞退したのか、それとも他のやる気と自信に満ちた先生が選ばれたのだろう。勝手な想像だがきっとそうだと思った。でもとても芯が強そうで、子どもたちの目を見て、周りを見て、強く優しいまなざしで、真剣に話しをしてくれる先生だ。

入学式初日、クラスで先生の挨拶をしたとき、先生はこう言った。「私は、明るい子、優しい子、一生懸命な子が好きです。でも一番好きな子は、“優しい子”です。一人一人が相手の気持ちを考えて行動できるクラスになってほしいと思います。」と。

私は娘が場面緘黙症を克服したと思っているが、この症状はいつどんな時に出てしまうか分からない。実際まだ声が出なくなることはある。息子の友だちが家に遊びに来た時、親戚と会った時、近所のおじさんと話した時。でも幼稚園で大好きな友だちや先生の前では話せるようになったのだから、もう克服したといっても過言ではない。そう思っている。だって娘にとって大切な人の前では上手くやっているのだから。

でもやはり、新しい環境への不安は大きい。もしクラスで、もし授業で、もし友だちの前で、もし皆の前で、娘が声が出なくなってしまったら、凄く大きなダメージを受けてしまうのではないか。バカにされてしまうのではないか。嫌われてしまうのではないか。先生に怒られてしまうのではないか。

そんな不安の中の先生の言葉は、私にとってとてもとても嬉しかった。

小学校といえば必ず「挨拶が出来る子になりましょう。」とか「明るく元気に!!」とか「なんでも自分から!!」とかが求められてしまうイメージがあった。でもこの先生はまずは「相手への優しさ」を一番大事にしてほしいとハッキリ伝えてくれた。凄く嬉しかった。娘にもきっと響いているだろう。

この先生なら娘が困った時、娘が辛い思いをした時、娘が成長した時、きっと大丈夫だとそう確信した。

 

次に友だち

同じ幼稚園から小学校に入学した友だちは、6人。その中で女の子は娘とあと一人だけ。しかもその女の子とは一度も幼稚園の時に同じクラスになったことがない子だ。(←幼稚園の先生の配慮だったと思う。幼稚園の時、娘にとって本当に仲良しの気の合う友だちがいたから、あえて、小学校が同じだからという理由でその子と同じクラスにせずにいてくれたのだと思った。その子も仲良しの子が別にいて、しっかりグループが出来ていたから。)

そして、クラスはというと、なんと幼稚園が同じだったその女の子と同じクラスになったのだ。同じ幼稚園だったという共通点もあり、入学式当日嬉しくて、私は、その子のあ母さんと話が盛り上がり、まだぎこちない娘とその子のツーショット写真をたくさん撮り、これからよろしくねと連絡先を交換してもらった。

その子と娘もすぐに意気投合したようだった。というか、その子はなんと引っ張っていってくれるタイプで、控えめな娘にとって、愛称がいいようだ。

引っ張って行ってくれる子にとっても、ニコニコしながらついてきてくれる娘は、現段階では、居心地がいいと感じてくれてるのかもしれない。

そんな中、コロナによって自粛生活が始まってしまった。

 

自粛生活スタート(学校の自習編)

小学校生活ドキドキしながら、幼稚園一緒だった子と友だちになり、まずまずの出だしをきった娘。でもすぐに自粛生活が始まってしまった。

私は週4のパートをしている。学童に息子と娘を申し込んだが、自分の親が近所に住んでいる為またパートの為、入ることが出来ず、やむを得ず仕事を短縮してもらい働いている。親に子どもたちをお願いすることも出来るが、軽く認知症が入った祖母も一緒に住んでいていろいろ大変な為、本当にお願いしたいときしか頼まないようにしている。子どもが小学校自粛になっても、私の仕事は休めず、結局息子と娘は小学校の自習に預けることになった。

小学校の自習というのは、親が働いていて、子どもを預けられない状況の人だけ申し込むことが出来る自習。自習なので、毎回、勉強道具と折り紙など自習道具と弁当水筒を持っていくのだ。マスクは必須で、自習のクラスでは友だちとの距離をとって静かに各自で過ごす感じのもの。小学1年生から3年生まで受け入れてくれる為、息子と娘を入れることができ、ちょうど良かった。

息子も娘も嫌がって行きたがらないと思いきや、そこまでやんちゃではない息子と娘にとって全く苦ではないようで、むしろ勉強したら大好きなお絵かきや折り紙が好きなだけ出来て、しかも日本昔話やディズニー映画を観せてくれるようなので、最高に楽しいようだ。

でも一学年7.8人もいない。知っている友だちもいない時もしょちゅうある。それでも文句一つ言わず自習に出かけてくれた息子と娘。しかも自粛期間、毎日休まず行ってくれた。だから、私も気持ちよく仕事が出来た。

そんな中、娘に変化があった!!学校のトイレで大便が出来たのだ。小学校の時、なかなかハードルが高い大便。これは凄いととても褒めた。

また毎回迎えに行くと一人でブランコをしたり、折り紙をしたり、黙々と何かをしていた娘が、なんと新しい友だちが出来たのだ。「あきちゃんとりこちゃんとお友だちになった。」と嬉しそうに話してくれた。この二人は同じ幼稚園出身らしく、しか二人とも娘と同じクラス。そして二人ともお母さんが働いていて1年生の最初から学童に入っている。だからいつも一緒にいるようだ。その仲良しコンビの二人が、一人でいる娘にきっと話しかけてくれたのだろう。「同じクラス」ということをきっかけに。

二人の友だちは毎日必ず自習にいるわけではなくて、時々一人だけの時がそれぞれあった。仲良しの二人組の場合、どちらか一人が休むととても不安な気持ちになると思う。そんな時、毎日自習にいる娘をもしかしたら安心できる友だちだと思って認めてくれたのかもしれない。二人の時も一人の時もその友だちは娘に話しかけてくれるようになり、だんだん打ち解けていったようだ。

ある日私が自習の息子と娘を迎えに行くと、娘は私にもの凄い小さな手紙をくれ、「今日はあきちゃんと友だちになった」と改めて教えてくれたのだ。「なんで手紙なの?」と聞くと「名前をすぐに忘れちゃうから書いておいたの。」と。確かにまだ小学校に入学してまもない娘。最初に友だちになったときに名前を言い合ったかもしれないがすぐに忘れる。でも名前を聞けない。だから名札を見て覚えたという。まだ平仮名も完璧に覚えていないはずの娘がもっと友だちになりたいと思う気持ちから必死で覚えようとした証のようだ。そうやって小さな娘は努力して、自分からも仲良くなろうとしていることを知った。子どもたちの世界。娘から見た世界。小さな小さな頭で考え、小さな小さな心で向き合って一歩一歩進んでいることを実感した。

 

自粛生活(自習後の生活)

どこへも行けないとは言え、自習から帰ってくると、公園では遊んでる子どもは変わらずいる。我が家は目の前が公園。すぐに息子は公園でだれかしらと遊びに出かけてしまうので、なんら自粛前と変わらなかった。私たちの住んでいる地域はコロナ患者が0に近く、日々の生活はだいぶ変わったものの子どもたちはそこまで変わっていなかった。もちろん家遊びはなし。

そんな中、幼稚園が同じで一緒のクラスになった友だちのお母さんから連絡があり、公園で遊ぶことになった。娘は大喜び。家がとても近い友だちなので、自転車で集合して公園で遊んだ。シロツメクサで花冠を作ったり、ブランコをしたり、滑り台をしたり。その様子を見ながらお母さん同士話を弾ませた。

しかし、2,3回遊んで確信した。娘はその子と遊んでいるのだが、一緒にいるのだが、全く喋っていない。

娘が滑り台をすればその子も滑り台をする。その子がブランコをすればブランコをする。その子が泥んこで泥団子を作れば一緒に団子を作っている。でも、喋っていない。その友だちは時々話しかけているようにも見えるが、娘の口は全く動いていない。娘の表情は決して引きつってはいないのだけど、きっと声が出ないのだろうと感じた。それでも続けて「遊ぼう」と連絡してくれる友だち。

3回目の遊ぶ時、さすがに嫌われてしまうのではないかと不安になり、焦った私はその子のお母さんに娘が場面緘黙症と診断されたことがあることを打ち明けた。打ち明けた上で、友だちになれたことを本当に喜んでいることと毎回遊ぼうと誘ってくれる度大喜びでいることを伝えた。現に毎回ビーズ入りの手紙を書いてその友だちに渡すほど。(手紙の内容は「だいすき♡またあそぼうね」)その友だちもお返しの手紙を毎回くれる。

打ち明けると「場面緘黙症なんだね。」とすんなり受け入れてくれ悟ったかのような友だちのお母さん。実は心理士の資格を持っていて働いていた経験があるお母さんだった。これは話が早いと思い、ベラベラ喋っていると、泥団子作りをしていた娘がこちらに来て「今ねチョウチョがいたよ」と私に話しかけたのだ!!え?!友だちのお母さんの前でも喋ったぞとビックリしたと同時に、友だちのお母さんがすかさず「どこにチョウチョいた?」と聞いてくれ、「あっち!」と娘が返答したのだ!!

おやおや!!と思いながらチョウチョを見て「いたいた!」なんて盛り上がっていると、友だちと追いかけ、凄く笑顔で友だちと笑っていたのだ。娘は実は虫が大好きで何でも触れる。興味のある虫をきっかけに喉のドアが開いたのだと思った。でもただ虫のおかげではなく、その友だちに対しても安心感を得た上でこの子だからこそ自然とドアが開いたのだと感じた。だってチョウチョは1回目も2回目もいつだって遊んだ時に飛んでいたから。そんな感じで、泥団子が潰れただけでも友だちと顔を見せ合って笑ったり、花冠を作ってニコニコしたり、表情もとても良くなり、小さな声だけど喋り始め、楽しく二人の世界で遊べるようになった。

友だちのお母さんも「私にも話しかけてくれた。嬉しいな。」と言ってもらえ、相談にのってもらった初日から調子がよくなる結果になった。

引っ張って行ってくれる元気な友だちとにこにこしながらついていく娘。

娘は家では変顔大好き、人を笑わすのが大好きな一番の面白いムードメーカー。まだその本来の姿は外で出したことはない。その部分を出せたらなと何回も願ったことがある。本来の娘が出すことが出来たら、娘自身が本当に毎日楽しいだろうと。本来の娘を出せたら、場面緘黙症克服以上に人気者になれること間違いないと。でも、そこまでは私は望んでいない。娘が友だちと楽しく仲良く喋れればいいのだ。

そして毎週のように遊び、自粛期間が終わった。

 

久々の小学校生活

クラスの友だちが3人になった娘。とはいっても久々に全員がくる小学校生活。期待と不安で出かけて行った。

帰ってきた娘はまた一皮むけた様にイキイキしていて、学校での様子をたくさん話してくれた。

仲良くなった3人は変わらず娘と仲良くしてくれたようで、なんと4人グループになったようだ。4人で昼休み遊んでいたところを息子も目撃していて、本当に仲良く遊べていることを知った。

コロナは本当に怖いけど、娘にとっては、コロナで自粛期間があったおかげで、友だちが出来た。小学校へも慣れることが出来た。学校での自習の時、いろんな先生が折り紙を折っている娘に「上手だね」と話しかけてくれたことで先生との距離も娘の中で縮まったと思う。

出だしが好調。クラスでは毎朝、先生が簡単な質問をして一人ずつ答えることから始まるそうだ。これは娘のためなのかなとも思ってしまうが、普通に考えて少しでも子どもたちのことをお互いに知るためのものなのだと思った。そして、毎回娘は「発表できたよ!」と報告してくれる。本当に出来ているのか、大きい声で言えているのか、もの凄く小さな声で話していないだろうかなど不安ばかり思ってしまうが、純粋な娘の目を見ていると、そんな不安よりまずは「凄いじゃん!!やったね!!」と一緒に喜んだ。どんな小さな声だろうが、娘は出来たと言ったのだから、出来たのだ!!娘の中でとても大きな前進になったのだと思う。

先生の毎朝の質問。そうゆう小さな一つ一つの丁寧な時間を設けていただいたおかげで、皆の前で答えれた娘にとってはとても大きな自信に繋がることが出来たのだ。

もうすぐ三者面談がある。聞きたいことが山ほどあるが、娘自身が安心して学校に行けていることに先生が大きく関わっていると感じるので、まずは感謝を伝えたいと思う。まだまだ小学校生活始まったばかり。娘を信じてこれからも娘を支えていきたいと思う。

 

 

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