• ちょっとだけ丁寧に過ごすことが目標★
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私は二人の兄妹の母親だ。息子はチック症に年少の頃なったことがあるけど、いつの間に伸び伸び過ごせるようになった子ども。娘は「場面緘黙症」とお医者さんに言われ毎月施設に通っていたが、今は調子が絶好調で前向きに生活できているから通うのを辞めている状態の子ども。

子どもが辛い時期は、親も本当に辛い。答えを見つけるためにネットや本や園の先生や家族に相談する毎日。心ない言葉も受けたこともあるし、優しさのはずの言葉が凄く傷つくこともあった。

娘は、今は調子が良くて、友だちや先生とも恥ずかしがりながらも話が出来ている状態。でも、来年から小学生になる。やっと慣れた環境も卒園して、また環境が変わる不安は、親として、とてつもなく大きい。

しかし、今は幼稚園生活を思い切り楽しめてるならそれでいいと自分に言い聞かせるようにしている。だって先のことを考えて不安になってもしょうがない。今をたくさん楽しんでいろんなことに挑戦して日々いっぱい成長しているんだから、それで十分!!たくさん褒めてたくさん話を聞いてあげようと思う。

場面緘黙症克服日記

まだまだ幼稚園児で、この先またぶり返すかも分からないけど、子どもを信じるためにも「克服日記」と記すことにした。

0歳のとき

5か月で極度の人見知り。泣く時は私しか受け付けない。夫はそれでも親なので、泣いていても暴れても頑張って抱きしめてあやしていた。毎日のように遊びに行っていた実家でも大泣き。1歳5か月しか離れていない息子も連れてよく実家に行っていたけど、娘はなかなか実家の環境に慣れなかった。調子のいい時ももちろんあるけれど、泣く時は私以外やっぱり受け付けなかった。

1歳のとき

私の実家は週3ペース、夫の実家も月2ペースで遊びに行っていた。でも毎回緊張からのスタート。極度の人見知りで、私か夫のすぐ近くをキープ。それでも私の実家では一日中いるとワガママが言えるくらい慣れてきた。実家の母が「ついに慣れたね!」と喜んだ顔は忘れられない。

2歳のとき

私の実家では相変わらず出だしは駄目だが、時間が経つといつの間にか伸び伸び出来るようになった。夫の実家では日によって全然ダメな時もあるし、慣れると多少小声が出る時もあった。子どもが大好きな義母に全くなつかないことが申し訳ないと行く度に思っていた。

近所の公園や保育園の遊びの広場やいろんなイベントにも参加した。でも車を降りた瞬間から口が一文字になり体が硬直する娘に変身してしまう。周りを気にしながらも遊ぶことはするけど、他の友だちと話したり、ママ友や先生の質問には全く答えなかった。質問された時は、娘の横に寄り添って私が娘の変わりに答えていた。挨拶も全く出来なかった。相手に悪くて「せめてバイバイくらいはしなよ。手だけでも振ってよ。」と娘を攻めてしまったこともあった。

3歳のとき

夫の実家でも出だしは相変わらずだが、一日いると普通の声でついに話せるように。義母が「だいぶ慣れてくれたかな。」とまだちょっと不安そうに微笑んだ顔は忘れられない。でも親戚の集まりの時は全く喋れなくなる。娘と同じ年の人懐っこいいとこと比べてしまう自分に親として反省した。やっと慣れた実家や夫の実家でも新しい人が加わると、またリセットされてしまう。

実家や夫の実家では、心から娘のことを心配してくれるがゆえにアドバイスをたくさんもらった。でもどんな言葉も全部「私のせい」に聞こえて、家に帰って泣いた。だってどんなアドバイスも全部試したことだったから。でも言い返すことは出来なかった。だって実際の娘は挨拶すら出来ないし、同世代の子と比べて明らかに子どもらしさがないから。話しかけてくれても笑わずに真剣な表情でじっと見て、いつも私の近くから離れようとしない娘だから。でも私たち家族の前では本当に本当に元気いっぱいでおちゃらけることが大好きな一番のムードメーカーなのだ。でも本来の娘はそこにいない。だから言い返しても「もっとこうした方がいいんじゃない。」って言われてしまうのは目に見えてる。一回だけ夫の実家で義母のアドバイスが絶えれず泣いてしまったこともあった。

どんだけ挨拶くらいはしなさいと言っても出来ない。私がうるさいからなのか、せっかちだからなのかと自問自答しながら毎日を送る。でも実家も夫の実家も時間はかかったけど慣れてきているのだから、その内慣れると見守ることにしていた。

息子が通う幼稚園の遊びの広場やいろんなイベントにも参加した。ドアが開いた瞬間から口一文字と硬直する娘に変身してしまう状態は相変わらずだった。バイバイくらいはしてほしくて硬直した娘の手を持ってバイバイする日々だった。

幼稚園年少少 3歳4か月

幼稚園年少少として入園。髪型は、お団子ヘアにヘアピンで前髪を止めるスタイルがお気に入り。洋服は、Tシャツに半ズボンがお気に入り。でもお気に入りだけではなく、完全にそのスタイル以外は絶対に嫌がった。この格好でないと幼稚園に行けないと泣くほどだった。そこまでこだわりが強いのかと驚くほどだった。

極度な恥ずかしがり屋とこだわりの強さがあったけど、幼稚園に行けばだんだん変わると期待をしていた。でも全く変わらなかった。

3歳7か月

先生から3か月経っても一言も声が聞けていないと言われる。ここで初めて幼稚園で一言も喋れない辛い毎日を送っていたことを知る。もちろん娘に幼稚園の様子を毎日のように聞いていた。こんなことがあったとか、こんな友だちと遊んだとか、息子よりたくさん幼稚園の話をしてくれた。だから、まさか喋れていないなんて知らなかった。少しは喋れているものだと思っていた。

確かに保育参観に行った時、つついたら今にも泣きそうだけど泣かないでじっと硬直している娘。朝バスが来るまでは嫌だと泣いていた日もバスが見えると泣き止んで自分からリュックを背負って静かにバスに乗る娘。幼稚園に送った時もドアが開いた瞬間から何も喋らなくなる娘。恥ずかしがり屋とは言え、やっぱり全部おかしかった。

居ても立っても居られず、すぐにネットで調べる。とにかく思いつく娘の症状を検索すると、「場面緘黙症」というワードがすぐにヒットした。どの内容を読んでも娘と全く同じ症状に鳥肌が立った。なんでもっと早く気づいてやれなかったのかとソワソワが抑えきれなかった。どうすればいいのか分からず、とりあえず市に相談した。すぐに娘を連れて、市役所に行き、プロに診てもらうことになった。でも結果は「極度の恥ずかしがり屋。」「もし場面緘黙症としてもまだ年少少。年少になって同じ学年の子どもと触れ合えばまた変わるかもしれない。それに精神科はどこも凄く混んでいるから、もう少し様子を見ては。」と言われた。年少まであと2か月。確かに年少になってからでもまだ遅くないと思った。

3歳8か月

そして冬の音楽会。家であんなに練習を楽しそうにしていた娘。いざ本番では、周りの子どもたちが可愛い声でめいっぱい歌ったり、楽しそうに演奏する中、娘はただまっすぐ前を向いて立っているだけだった。泣いてる子ももちろんいた。娘も嫌だったらせめて泣いて、自分の感情を出してほしかった。

そんな娘が音楽会の数日後、突然、泣き出したことがあった。そして、私のお腹をグーで叩きながらワーワー泣き続けた。結構強く叩かれて驚いた。でも理由もなく突然泣き出す娘を見て、すぐに「音楽会」が悔しかったんだと思った。私も一緒に泣いた。娘をいっぱいギューッと抱きしめようとしたけど、抱きしめることすら受け入れてくれないくらい暴れて泣き叫んでいた。

やっぱりこんなはずじゃないのだ。娘が一番そう感じているはずだ。いつもはおちゃらけて家族のムードメーカーの娘が人前では別人。やっぱりおかしい。もう一度ネットで検索。相変わらず「場面緘黙症」がヒットする。絶対にこれだと改めて思った。今度は場面緘黙症で検索して出てくる市内にある場面緘黙を受け入れている診療所に直接行こうと決めた。感極まる思いを必死で堪えながら、探した施設に問い合わせしてみると、凄く丁寧に私の話を聞いてくれた。それだけでも驚くほど私の心は落ち着いた。そして冷静さを取り戻し、受診するための流れや、半月ほど待つこと等を教えてもらった。そして、幼稚園の先生にも事情を話し、施設に通う気持ちがあることを伝えた。

幼稚園年少 3歳10か月

ついに年少になり、全員同じ学年の子どもたちと過ごす中で少しは変わることを信じた。施設に通う日にちは夏に決まり、それまでは娘の様子をしっかり見守ろうと決意した。

本当に場面緘黙症なのか。まだ診断はされていないけど、それでも親の私の中では確信していた。だからネットや本でとことん調べた。ネットでこの本がオススメとなれば図書館で借りた。でも大抵小学生の話。幼稚園児というまだ幼い子どもの内容が知りたくて何件か本屋にも行ってみた。でも場面緘黙症の本は意外となかった。あるとしても子育ての本の中の内容の1ページとか2ページほどに過ぎなかった。しかもようやく見つけた内容も「親の愛情が足りない。」の一文に「そんなはずは絶対にない!!」と本を閉じることばかりだった。

そんな中、娘はしっかり成長をしていた。なんと同じような恥ずかしがり屋さんの友だちと意気投合したのだ。実は先生がクラス編成の時にこの子となら仲良くなれるはずと同じクラスにしてくれた子だったそうだ。見事にその友だちと仲良くなり、その友だちなら、耳元で囁くことが出来るようになったのだ。凄く嬉しかった。その時期くらいから服装やヘアスタイルも自由になったのだ。娘の中で何か心の中の変化が確実にあったようだ。

耳元で小声で話せる友だちが二人になった時、その二人の友だちのお母さんと連絡を取り、親同士も仲良くなって家で遊んだりもするようになった。またクラスの女の子が7人ほどだったから、皆で公園で遊ぶ計画を立て、娘がだんだん打ち解けた様子もしっかり見ることもできた。ただし、娘はニコニコしているだけで友だちと遊ぶ時はいつもの娘の元気いっぱいの声は聞けたことは一度もなかった。でも仲良くなった安心出来る友だち二人だけには耳元で囁いているところを何度か見た。本当だった。心を許せる友だちが本当に出来た喜びと同時にやはり普通の声が出せないことを目の当たりにした。

4歳1か月

夏になり、やっと念願の施設に受診が出来た。これでもかというくらい細かく今までの娘の様子を伝えた。また、私たち夫婦の性格や兄妹の性格や祖父母の性格や家庭環境。娘だけでなく関わるまわりの人と環境すべて質問をされ全部話したのだ。話し終えると「皆さんご健在だし、住まいもお近くだし、たくさん遊びにも行かれてるし、凄くいい家庭環境ですね。」と言われたことを覚えている。

そしてお医者さんとの受診で「娘さんは場面緘黙症の症状ですね。でもお母さん、これは遺伝でもないし、育て方のせいでもないからね。」と言われたのだった。

確定の診断を受けた時、やっぱりそうだったんだという複雑な気持ちと同時に私の育て方のせいじゃなかったんだという安堵感が凄い大きさで葛藤し、溢れるばかりの涙がいっぱいこぼれた。もちろん娘もいたけれど、でも止められなかった。今までのモヤモヤが一気に爆発してしまった。初めて会ったお医者さんなのに、いろいろ相談してきた誰よりも一番の理解者のように感じた。全部受け止めてくれたように感じた。

これから毎月2回のプログラムを立ててもらった。娘は嫌がると思っていたが、施設に通うのを毎回とても楽しみにしていた。幼稚園を休んで、「言葉の学校に行く。」という特別扱いが嬉しかったようだ。幼稚園の先生とも何度も手紙のやり取りをさせていただいた。幼稚園の先生も皆さんで娘をフォローしていただいているのがとても伝わり、この幼稚園にして本当に良かったと思った。

4歳3か月

運動会のダンスの練習で、幼稚園でも伸び伸び体を動かせるようになっていると先生から教えてもらい、とても嬉しかった。だんだん心も体も成長していることにとても安心した。同じ幼稚園に通う息子や息子の友だちもいつも気にかけてくれていた。娘がダンスの練習が出来たよと一番最初に教えてくれたのも息子の友だちだった。「声はまだ聞いたことないけどダンスの練習は出来てたよ!!」と。

でも、いざ本番の運動会では、やはり硬直して何も手足が動かない娘がそこにいた。家であんなに嬉しそうに練習を見せてくれていたダンスでは、笑顔一つ見せずまっすぐ前を見て立つだけで、担任の先生が娘の手を動かし一緒に踊るだけだった。並び順が仲良しの友だちの隣なんだとあんなに喜んでいたのに、本番は泣いてしまう数人と娘は、列の隅にされていて担任の先生がそのメンバーを担当するスタイルに変わっていた。障害物競争では、「よーいスタート」の掛け声にスタートが出来ず、先生が手を繋いでくれ、娘は硬くなった体を懸命に動かし、精いっぱいの走りを見せてくれた。本来は運動神経がいい娘。足も結構速いはず。動かなくなる体が本当に悔しかったはず。皆で撮った写真撮影では笑顔がなかった。大好きな副担任の先生の膝の上なのに、ちっとも嬉しそうではなかった。でもよく頑張ったといっぱい褒めて抱きしめた。娘は何も言わなかった。

4歳5か月

ある日、私が娘を迎えに幼稚園へ行った時、娘が大好きな副担任の先生が私を見つけるなり、真っ赤な顔で私のところへ来てくれた。「今日初めて私に話してくれました!!サンタさんに何をお願いしたのか聞いたら『いえ』って!!意味は分からなかったのですが、とにかくこの耳でしっかり声を聞きました。もー嬉しくて嬉しくて。」と副担任の先生が真っ赤な顔で目をうるうるさせて話してくれた。私も思わず顔を赤くして喜んで笑った。「いえっていうのは多分リカちゃんの家のことだと思います。」っと。先生と一緒に嬉しくておかしくて笑った。本当に嬉しかった。しかも大好きなこの副担任の先生にだったらいつか絶対喋ってくれるとずっと信じてたから本当に嬉しかった。

4歳8か月

幼稚園に入って二回目の音楽会。歌と楽器。家では相変わらず嬉しそうに何度も披露してくれた娘。先生の真似なんてして家族を笑わしてくれた。でもいざ当日の朝。娘は音楽会用に買った猫のプリントがついたキラキラの靴を眺めて「声がまた出なくなるから嫌だな。」と話しかけていた。初めて娘の口から「声が出せなくなる。」というフレーズを聞いたのはこの日が初めてだった。小さな体で頑張っている娘の姿に目頭が熱くなったが、すぐに「猫ちゃん応援してくれてるから大丈夫だよ!」と明るく優しく肩を叩いた。

いざ本番の合唱では、なんと口が初めて動いていたのだ!!口パクでもなんでもいい。観客席からハッキリ見えた。口が動いていたのだ。そして楽器演奏でも初めてマレットを使って演奏に参加したのだ!!私は鳥肌を立てながらポロリと涙を流した。娘が客席に戻ってきた時の嬉しそうな表情は今も忘れられない。観に来てくれていた両祖父母もとても喜んでくれた。皆でたくさん褒めた。娘は恥ずかしそうにニコッとしていた。本当に良かった。よく頑張った!!

そして音楽会をきっかけに大きく成長し始めた!!実際は凄く少しずつだが、その一つ一つの一歩は娘の中では確実に大きくて計り知れないくらいの成長を感じるものだった。副担任の先生には耳元で何でも囁ける仲にもなった♡

幼稚園年中 4歳10か月~5歳8か月

年少の頃、副担だった先生がなんと担任の先生になった!!仲良しの友だち数名も一緒のクラスになった。先生方のクラス編成の配慮だった。幼稚園の先生方がすごく協力してくれ、一緒に娘を見守ってくれるのが身に染みて分かった。凄く有難かった。

娘は、ここから本当に急激に成長をした。

耳元で話せた友だちと大好きな担任の先生の前では普通の声で話せるようになったのだ。前に出る当番の仕事の時は話せない時が多いけど、頑張って声を出そうとしているようだ。凄い!!

運動会も普通にこなせた!!普通に一人で走れる娘、普通に一人で踊れる娘。手と足が自由に動いている娘。写真撮影も緊張しているけれどどこか自信に満ちた表情に見えた。いつも家で見せる大笑いの笑顔ではないけど、口も一文字にならず普通の顔の娘。これが本来の娘とまではいかないけど、これが普通の恥ずかしがり屋と言えるレベルの子どもの感じだと思った。これでいいのだ。ここまで出来ればもう安心だと思った。

ただ気になることは、保育参観のとき。やっぱり口を一文字にして一言も喋らなかった。でも、私に気づくと笑顔で小さく手を振ったり、ジェスチャーをしたり、小声で耳元で囁いてくれたりした。これで十分だと思えた。娘の笑顔が見れたから、それだけでとても安心出来た。

音楽会も普通にこなせた!!朝も不安になることもなく。歌も鍵盤演奏も楽器演奏もしっかり出来た!!写真撮影も仲良しの友だちと恥ずかしがりながらもたくさんの笑顔で写真が撮れた。

5歳9か月

大好きな担任の先生が結婚。大好きな先生の結婚式の余興に招待された。今受け持っているクラスの子どもたちと去年副担任のときに受け持ったクラスの子どもたちで余興を頼まれたのだ。そして私が責任を任された。

結婚…ということは、退職!?すぐに退職がよぎり、先生に聞いてみると、今年度で退職するとのことだった。最近順調の娘がまた振り出しに戻ってしまうのではないかという不安と信頼している先生が退職してしまうとてつもない寂しさから先生の前なのに泣いてしまった。喜んで祝福すべきなのに…もちろん口では喜びのメッセージを言いながら、でも涙が止まらなかった。娘にどう話そう。。。

先生の結婚の話はすぐに広まり、子どもたちの中でも話題になるほどだった。娘は素直に喜んでいた。そして、辞めるということもなんとなく子どもたちの間で広まっていた。娘も分かっているのか分かっていないのか先生が辞めてしまうということも知っていた。

とにかく娘は大好きな先生の結婚式を凄く楽しみにしていた。あとは私が子供たち皆をまとめるだけ。。。凄いプレッシャーだった。こんな大人になって顔を赤くしてなんていられない。なんてったって娘が見ている。しっかりやらなくては。

当日まで何回も家で「じゃあ皆で大きな声で言うよ、せ~の!」など子どもたちへの掛け声を練習した。なんせ私も根っからの緊張屋だし、恥ずかしがり屋なのだ。その姿は娘にどう映ったか分からないが、当日恥をかかない為に必死だった。

そして、当日は私も少し声は震えたものの、子どもたち皆を元気いっぱいまとめることが出来た。無事娘に恥ずかしい姿は見せずにすんだ。そして、大好きな先生の結婚式は娘も笑顔でお祝いすることが出来た。

幼稚園の年中最後の面接の日。先生と本当に幼稚園で会うのが最後の日。娘もお礼が言いたくて何度も「先生ありがとう、大好き。」を練習し、面接の時に言おうとした。言ってほしかったし、娘もきっと言いたかったはずだが、結局口が開かず言えなかった。でも先生が娘をギュッと抱きしめてくれて、笑顔でバイバイが出来た。笑顔で写真も撮れた。心から私もお礼をし、さよならが出来た。本当にありがとうございました。

幼稚園年長 5歳10か月

幼稚園最後の年長。クラスもがらりと変わり、一番最初に話せた心から安心出来る仲良しの友だちとも離れてしまった。大好きな先生は退職してしまった。そして新たな先生が担任の先生になった。

クラスはそれでも話すことが出来る気の合う仲良しの友だちが二人いたから毎日変わらず楽しいようだった。また新しい担任の先生はというと、娘のクラスの先生になったことは一度もなかったけれど、娘が年少少の頃に気にかけていてくれた先生の一人で、娘が園庭で遊んでいる時にちょくちょく話しかけてくれていた先生だったから、娘自身戸惑うことなく安心して受け入れることが出来ていたように感じる。もちろんどの先生も娘を気にかけてくれていたが、辛かった年少少の時期によく話しかけて寄り添っていてくれた先生の一人だったのが大きいように感じた。

娘もこんなに成長したし、まわりの友だちもどんどん成長しているなとつくづく感じる。その理由は一番最初に話せた心から安心できる友だちと離れ離れになってしまい、親同士はガッカリし合った。けれど娘自身は意外とそうではなかった。少し前からその友だちが物事をしっかり言える引っ張って行ってくれるタイプになり、それが本当は自己主張があってマイペースな娘にとって困惑したこともあったようで、仲良しだからこそ少し距離をとれて良かったようだった。それにクラスは離れても通園バスは一緒のコースだし、習い事のピアノも一緒だし、変わらずよく遊んでいたから寂しくはないようだ。それに、何より他にも話せる安心できる友だちが増えたというのが大きいのだと思う。

クラス編成を任されている私の信頼している主任の先生は、もしかしたら娘の心情をお見通しだったのかもしれない。仲良しだからこそのあえてのクラス編成だったのかもしれない。主任の先生にそれとなく聞いた時に「小学校は別々なわけだし、いつも見ていてその方がいいかなと思ったし、子どもたちのことを信じてそうしました。」とだけ教えてくれた。

二番目に仲良くなった友だちで、今回同じクラスになった友だちはというと、年中では同じクラスになれず、年長でまた一緒になれたので親としてはとても安心した。その友だちのお母さんとは喜んだし、離れた年中の頃から今もずっと一番最初に仲良くなった友だちと娘と三人で家に帰ってからもちょくちょく遊んでいるから変わらず子ども同士も仲がいい。その友だちは年長になっても相変わらず照れ屋さんなのだが、年少の頃から一足先に自分の意志をしっかり言えた子で、マイペースで言い返せない娘にとって後をついてくだけになっている時が度々あった。私は娘しか見えていないから娘主体で物事を考えてしまうから一概には言えないけれど、もしかしたら主任の先生や担任の先生も娘のことを考えて、仲良しがゆえにこれではよくないと年中の頃に離れ離れにさせたのかもしれない。そして年長で久しぶりに同じクラスにしてくれたのだと思った。

そんな中、年中から同じクラスになって年中から仲良くなったもう一人の友だちと急接近をし始めたのだ。きっとこの友だちと娘が仲良くなってきたのを先生が見逃さずに見ていてくれたから、もう一度年長も同じクラスにしてくれたのだと思う。その友だちは娘と違い全く恥ずかしがり屋ではなくとても明るくて、でも雰囲気が柔らかく優しくてマイペースな子。その友だちと急接近したことでまたイキイキした娘。その友だちとも家に帰ってから遊びたいと言い出したからすぐにその子のお母さんと連絡を取り、何回か遊んだ。私は自分から連絡を聞いたり誘ったりするのが大の苦手。でも、娘のためだから頑張った!!

その友だちと二人で遊ぶこともあれば、いつもの三人も一緒に皆で遊ぶこともあった。その様子を見ていて、娘だけじゃなくて本当に皆どんどん成長しているなと思った。鬼ごっこもちょっとずる賢くなったり、ちょっと意地悪も出てきたり、一方「じゃあこうすれば」とか「まいいよ」とかと諦めれたり客観的にまとめたり、友だちに気を遣ったり遣わなかったり、皆それぞれの考えを持って意志を伝えれるようになったのを感じた。

娘はと言うと、本来はワガママだし、気も強いけれど、友だち間だと言いたくても大きな声が出ないからなのか、感情的になることは一切なく、「まいいよ」「分かった」「じゃこうしよう」と言う冷静な優しいまとめ役タイプだと親ながらに察した。

 

そんなある日いつもの三人メンバーで遊んでいた時、意地悪な鬼ごっこが始まってしまった。友だちも全く悪気はない。皆鬼ごっこが大好きだけど、鬼にはなりたくないし、ずっと追いかけられて、はしゃぎたいという本心から意地悪なルールの鬼ごっこになってしまったのだ。。。

「〇ちゃん鬼になって!」「やだよ!△ちゃんがなってよ!」「やだ!じゃ◎ちゃん(娘)がなって!」「まいいよ」と娘が言い、娘が鬼になった。すると「じゃ当ててもずっと鬼は変わらないルールね!きゃ~!!」と大はしゃぎでスタート!!娘は永遠と追いかけていた。時々娘の優しい小さな声で「やめようよ~!交代しよ~!」と精一杯の声で言っているのが聞こえてくる。でも聞いてくれていないし、娘も怒らないし、泣かないし。それでも娘は笑顔で追いかけていた。さすがに私は耐えれず止めてしまった。「それはちょっとかわいそうじゃない?当てても鬼が変わらないなんてちょっと大変じゃない?」と娘を守った。それが正解だったのか間違いだったのか分からないけど、あとで娘に聞いたら「お母さんが止めてくれてよかったよ~。嫌だったもん。」と話してくれた。

これから先いろんな友だちと会ってもっと傷つくことが起こるかもしれないから、私は娘に「今度嫌だなって思うことがあったら泣きなよ!!しっかり言えないなら泣きなよ!!皆に伝わらないから!!」と伝えた。でも娘はすぐに一言「泣けないんだもん。泣くの恥ずかしい。」と。すぐ泣く息子と違い、泣くことすら恥ずかしい娘。まだ一年生なのに。これも場面緘黙だからなのか。。。でもここから先もっとこんなことが増えていくだろう。私だって経験したことがある。私も怒れないタイプだったから分かるけど辛いと我慢出来ず泣いたから相手には伝わって謝ってもらえて解決ができてきた。娘のように怒ったり泣いたりできない場合の解決ってただ耐えるだけなのか。それはキツイ。。小さいうちは私が近くにいるから助けれるけど大きくなってきたらと思うと不安だ。いや絶対耐えたらよくない。自分の気持ちを言えたら本当ははなまるだけど、言えないのなら自分の気持ちをちゃんと表現すること、逃げたっていいから辛い気持ち嫌な想いをした気持ちを相手に伝えることって重要だ。優しい息子と娘。言いかえると気の弱い息子と娘。二人にしっかり自分の意志を伝えることの大切さをお風呂の中でずっと話した。しっかり伝わっていることを願う。

でもそんな中、最近急接近した友だちを誘い、いつものメンバーと4人で遊んだ時の鬼ごっこのこと。いつものように「鬼ごっこしよ!〇ちゃんやって!」「やだ!じゃあ~」と始まった。するとその友だちは「私鬼やりたい!」と張り切って鬼をやってくれるのだ。嫌なことが起きても「え~そんな~」と大笑いしながら「ま~いいよ」と引き受けたり、「きゃははは」ととにかく笑っている。座る席も娘の隣がいいと主張してくれて娘も凄く嬉しそうに隣にしようと約束するも、離れ離れになってしまい、「え~」と残念だと主張はするものの、いつの間にか気にせず楽しく笑いながらお菓子タイムをしていたのだ。静かな娘とは真逆のとっても明るいタイプなのだが、「まいいよ」というタイプが似ていて、しかも本来の娘はとってもお調子者だから実はそっくりなのだ。これは娘と気が合うわけだと確信しながら娘たちを見ている私がいた。

 

 

6歳3か月

そして今に至る。

もうすぐ年長の運動会だ。ダンスの練習は相変わらず家でたくさん披露してくれている。しかもクラス全員が出るクラス対抗リレーではなんと一番最初に走ることになった。リレーは出だしが肝心。ただただ娘が伸び伸び走れることを信じている。大好きな去年の担任の先生も運動会を見に来るようだ。ドキドキしているのはきっと娘。私は応援しか出来ないけど、娘を信じるにつきる。本番がとても楽しみだ。

 

こんな感じで娘の場面緘黙症の克服日記はまだまだ続くのだ。娘の調子がいい時も良くない時もいつでも私自身は前向きに娘に接していこうと思う。一番傷ついたり自信も持ったり心が大きく揺れ動くのは娘なのだから。親の私は動じないように頑張ろうと思う。

 

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コメント一覧

返信2020年7月3日 10:39

りんご21/

はじめまして! 場面緘黙で検索していて、こちらにたどり着きました。 お嬢さん克服されていると聞いて嬉しく思います。 というのも私の娘も恐らく場面緘黙症です。 ずっとただの恥ずかしがり屋だと思っており、幼稚園に通えば慣れるだろうと思っていたし、挨拶は親が手本を見せて見守るしかないと特に強制せず見守ってきましたが、気づけばもう年長。未だに挨拶ができません。発表会の劇もうなづくのが精一杯です。ずっともしやと思っていた、場面緘黙について調べるようになりました。 見守るだけではダメなのか。。?少しでも何かできることはないかと毎日考えています。 診療所に通ったということですが、通ってよかったですか?? もしよろしければ教えてくださいm(_ _)m (すみません、アイフォンからでお名前がわからず。。

    返信2020年7月3日 20:06

    koyama@yukari21/

    はじめまして。コメントありがとうございます。ブログを始めて一年たちますが、初めてのコメントだったので嬉しいです。 娘さんは年長さんなんですね(^^)可愛いざかりですね♡ まず一つだけ伝えさせてください。ブログは克服日記と書かせていただいてますが、場面緘黙症は場面場面で症状が出るらしく、私の娘は幼稚園では克服できたと思っているのですが、他の場面ではまだまだ症状は時々出ている状況です。分かりずらい目次ですみません(^^; でも幼稚園で克服出来たことは娘にとって大きな自信になったと実感しております。 りんごさんの娘さんも少しずつでいいから、克服できる場面が増えて、自信になっていけることを陰ながら応援させてください。 ご質問の答えですが、診療所に通って、私たち親子の場合はとても良かったです。 理由① まず診療所のお医者さんにしっかり診てもらい、「場面緘黙症」と診断を受けることで、親の私自身のモヤモヤが晴れたことが何より良かったです。 診断を受け、不安とショックもありました。でも、診断を受けたことにより、娘との対応の仕方、向き合い方を戸惑うことなくできるようになりました。挨拶が出来ないと相手のこともあるのでいろいろ気にしてしまってましたが、仕方ないんだと冷静になれ、考慮できるようになれました。私自身が娘第一に考えて堂々と接することができるようになりました。 理由② 声が出なくて苦しんでいるのは何より娘自身なので、言葉が出るように頑張るんだと娘自身が思えて、前向きに通えたことです。 診療所に一番最初に電話した時に「お子さんにどう伝えるかはお母さん次第。診療所ということを秘密にしていくも良し、しっかり伝えるも良し。お子さんの性格で上手に伝えて来てください。」と言われたので、私は診療所を「言葉の教室」ということにして、娘に伝えました。習い事かのように。 娘の場合は、診療所に通うのは嫌だとはならず、むしろ幼稚園を休んで言葉の教室に行く特別感が嬉しかったようでした。言葉の教室のあとは私と娘だけでランチデートをしたのも良かったのかもしれません。 理由③ 親族も理解してくれるようになったことです。 ただの恥ずかしがり屋だと、親のしつけのせいではないかっていうレッテルをはられるように感じてました。実際そうだっと感じてます。でも「場面緘黙」ということで、皆が寄り添ってくれるようになりました。いろんな親族がいるから、娘にとって拒絶反応を起こしている親族もいるので、場面緘黙という診断を伝えることで娘を守ることができました。ちなみにまだその親族の前では一度も声を出せていません。凄く明るくて子供好きの親族なので心苦しいですが、娘にとっては大きな壁の存在のようなので、娘を守る最強の武器になりました。 理由④ 幼稚園の先生が娘をいつも以上に気にかけてくれるようになりました。 場面緘黙の子どもって、大人しくて、やることはしっかりするし、輪を乱さないので、注目してみてくれないと、特に問題のない子という風になってしまうと思います。 でも診療所に通ったことで、幼稚園でのちょっとした状況を伝えてくださったり、変化があった時は一緒になって喜んでくださったり、娘の成長を今まで以上に一緒に見守ってくれたのです。 りんごさんの娘さんは、どんなお子さんですか?声が思うように出ないことを苦しがったり辛がったりしていませんか?りんごさんに八つ当たりしたりしませんか? 私の娘は家族の中で一番のムードメーカーのおちゃらけ娘です。娘自身が家と外でのギャップに苦しくなり爆発して、大声で泣いて、私のお腹をずっとたたいてきたことがありました。それが助けて辛いよのサインだったと思っております。 といってもまだ幼稚園児。自分が何で声が出なくなるのかも理解できないまま親に伝えるのってやっぱり難しいですよね。 だからりんごさんのように娘さんの状況にすぐに気づいてあげられていることは凄いと思います。 一番近くにいつもいる大好きなお母さんが親身になって寄り添ってくれていることは娘さんにとって本当に大きいと思います。 私たち親子の場合は診療所へ行って本当に良かったと思ってます。 りんごさんも、もし気になるようでしたら、一度地域の「こころの診療所」にお電話してみることをおすすめしますよ。 いい方向にすすみますように✩★

返信2020年7月6日 14:38

りんご21/

とってもご親切に返答くださり、ありがとうございます! すみません、完全に克服したわけではなく、幼稚園などその場面場面で克服してきていらっしゃるんですよね。私もその理解でおりましたので、大丈夫です。私こそ言葉足らずで申し訳ございません。 そうなんですよね、挨拶は相手のこともあり、モヤモヤしてしまうことがあります。ほとんどの方は恥ずかしいんだよね、と微笑ましく見てくださりますが、挨拶はしようね!と強めに言ってくる幼稚園の先生もいらっしゃったりで、娘はその先生がくると固まってしまいます。 元々はコロナがきっかけでバスから車送迎に変えたのですが、その先生はバスでのみ会うので、今も車で送迎しています。それに車送迎の方が、出迎えた先生と一対一になるため、他の子もたくさんいるバスより挨拶しやすくなるかなという思いで続けています。今のところ1回声を出せたくらいですが^^; 本人は今のところは特にストレスは感じていないように見えるのですが、冬にある発表会のことを今から気にしていたりします。やっぱりもっと大きな声でとか言われたりするんですよね。 お話を伺って、やはり周りの方の理解が大事だなと思いました。そして必要以上に娘が自信をなくすことなく、ゆっくりと克服していけたらなと思います。そのためにもやはり診療所に行って診断していただいた方が良いのかなと思いました。 言葉の教室いいですね。習い事はまだしていないのですが、最近習い事してみたいと言っていたので、ちょうど良いかもしれません。習い事と称して通ってみようかと思います。 ちなみに診療所ではどんなことをするのですか?先ほど近くの病院検索してみたところ、口コミでお母さんが原因のようなことを言われたとあったりで、ちょっと怖くなりました。その診療所ではお子さんとどんなことをするのでしょうか? 何度もすみません。。 まずは幼稚園の先生に相談し、言葉の教室も探してみます♩ ご親切にありがとうございましたm(_ _)m

    返信2020年8月1日 11:21

    koyama@yukari21/

    りんごさん お返事遅くなり大変失礼致しました。りんごさんから返信がきたらすぐに返そうと何度もコメント確認していたのに届いたのは今日でした。パソコンおかしいのかな(;;)本当にすみませんでした。 こちらこそとても丁寧でお人柄が伝わってくるご返信ありがとうございます。 まず完全に克服できていないことをご理解していただけていて安心しました。場面緘黙は場面場面その時その時に起こる症状のようで、クリアできたりできなかったりですが、クリアできたことを少しずつ増やしていけば、きっと自信になっていくと信じています。 りんごさんの娘さん、幼稚園の先生に1回声を出せたことがあるんですね!!凄いです!!凄い凄い!! りんごさんの娘さんにとってその先生はきっと安心できる先生なのかな。 私の娘も話せる先生と話せない先生がいました。親から見ても「この先生はちょっと話せなそうだな」とか話せない先生は何となく理解できますよね(^^;でも決して娘が話せないからといって良くない先生というわけではなく、ただ娘から見て心の底から寄り添ってくれる安心感がないだけで、全体をまとめる先生としては素晴らしかったりしませんか?私の場合はそうでした。 りんごさんの娘さんは気の合う友だちはいますか?話せている友だちはいますか?先生の中で日常会話を話せている先生はいますか?少しづつ安心できる人がまわりに増えていくといいなと思います。 冬の発表会は音楽会ですか?それとも劇みたいなものですか?うちの場合は音楽会だったので、全体だったからとりあえずクリアできました。大きな声でと皆の前で言われたら大人でも厳しいですよね。そうなる前に先生に伝えておきたいですね。 診療所に行って「場面緘黙」と診断を受けてからでいいと思いますが、まわりの方の理解は私はとても必要だと思います。伝えるときとても勇気がいりましたが、娘を守るためと思って伝えました。幼稚園の先生にはしっかり伝えたくて手紙で伝えました。まわりの親戚や友だちのお母さんには遊んだ時で娘がいない場面で伝えました。 理解してよりそってくれる方もいれば、「そんなん大丈夫だよ!」と気にしすぎだと言わんばかりの方もいました。理解してくれていない方もいてもいいと思ってます。その方にってはまだ娘と向き合ったときに不快な出来事がないということだから。でもそれでも「あれ?」っと娘に対して不快な想いを相手にさせてしまったとき、これはもしかして場面緘黙ってこうゆう症状なのかなと少しでも気づいて、その時に理解してくれればいいと思ってます。 娘を守るため。相手を傷つけないため。の防御策でもあるので、絶対まわりの方には伝えた方がいいと思います。 それから、診療所ではどんなことをするのかというご質問の答えですが、これと言って凄いことをすることはなく担当の心理士?の方が娘を対になってプリントをしたり、遊んだりするだけでした。会話が出来るようになるようにリラックスできるようになるようにという感じだったのかなと思いました。 娘の場合は診療所に通いだして数回目で幼稚園での生活が克服できたので、そのくらいのことしかしませんでした。でも、始めの頃に言われたことは「誰もいない幼稚園の園庭で先生と遊んでもらったり、お家に先生を呼んで遊んでもらう等も考えてます」と言われました。また「同じような場面緘黙の子と接する機会も作るかも」とも言われました。同じような場面緘黙の子と出会えたらいいなと思っていたのですが、結局それあ叶わなかったです。理由を聞くと場面緘黙の症状は人それぞれ違うのでお互いのダメージがあるかもしれないからと言われました。 その子その子で計画が違うようです。 それから、診療所検索とても重要だと思います。「お母さんが原因」という言葉一番傷つきますよね!!その言葉は絶対に受け入れては駄目です!!娘さんもかわいそう!!こんなに娘さんのことを考えていらっしゃることくらい文章を見て分かります。私自身も娘をとっても大切にしっかり育てている自信があります。。自信はないですが、向き合ってしっかり育ててます。。場面緘黙がお母さんの原因という言葉を言った人はまだ場面緘黙について無知なんだなと思って軽く流せばいいと思います。診療所の先生もおっしゃってくれました。「お母さんは原因ではないからね!!」って。だからりんごさんも場面緘黙をしっかり理解している先生のいる診療所を見つけれるいいですね!!そう願ってます!! またいつでも返信ください。 今回みたいに遅くなってしまったらすみません。でもしっかり返信しますので、一緒に大好きな娘さんと成長しましょう!! 診療所選び頑張ってください!!

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