私は二人の兄妹の母親だ。息子はチック症に年少の頃なったことがあるけど、いつの間に伸び伸び過ごせるようになった子ども。娘は「場面緘黙症」とお医者さんに言われ毎月施設に通っていたが、今は調子が絶好調で前向きに生活できているから通うのを辞めている状態の子ども。
子どもが辛い時期は、親も本当に辛い。答えを見つけるためにネットや本や園の先生や家族に相談する毎日。心ない言葉も受けたこともあるし、優しさのはずの言葉が凄く傷つくこともあった。
娘は、今は調子が良くて、友だちや先生とも恥ずかしがりながらも話が出来ている状態。でも、来年から小学生になる。やっと慣れた環境も卒園して、また環境が変わる不安は、親として、とてつもなく大きい。
しかし、今は幼稚園生活を思い切り楽しめてるならそれでいいと自分に言い聞かせるようにしている。だって先のことを考えて不安になってもしょうがない。今をたくさん楽しんでいろんなことに挑戦して日々いっぱい成長しているんだから、それで十分!!たくさん褒めてたくさん話を聞いてあげようと思う。
まだまだ幼稚園児で、この先またぶり返すかも分からないけど、子どもを信じるためにも「克服日記」と記すことにした。
5か月で極度の人見知り。泣く時は私しか受け付けない。夫はそれでも親なので、泣いていても暴れても頑張って抱きしめてあやしていた。毎日のように遊びに行っていた実家でも大泣き。1歳5か月しか離れていない息子も連れてよく実家に行っていたけど、娘はなかなか実家の環境に慣れなかった。調子のいい時ももちろんあるけれど、泣く時は私以外やっぱり受け付けなかった。
私の実家は週3ペース、夫の実家も月2ペースで遊びに行っていた。でも毎回緊張からのスタート。極度の人見知りで、私か夫のすぐ近くをキープ。それでも私の実家では一日中いるとワガママが言えるくらい慣れてきた。実家の母が「ついに慣れたね!」と喜んだ顔は忘れられない。
私の実家では相変わらず出だしは駄目だが、時間が経つといつの間にか伸び伸び出来るようになった。夫の実家では日によって全然ダメな時もあるし、慣れると多少小声が出る時もあった。子どもが大好きな義母に全くなつかないことが申し訳ないと行く度に思っていた。
近所の公園や保育園の遊びの広場やいろんなイベントにも参加した。でも車を降りた瞬間から口が一文字になり体が硬直する娘に変身してしまう。周りを気にしながらも遊ぶことはするけど、他の友だちと話したり、ママ友や先生の質問には全く答えなかった。質問された時は、娘の横に寄り添って私が娘の変わりに答えていた。挨拶も全く出来なかった。相手に悪くて「せめてバイバイくらいはしなよ。手だけでも振ってよ。」と娘を攻めてしまったこともあった。
夫の実家でも出だしは相変わらずだが、一日いると普通の声でついに話せるように。義母が「だいぶ慣れてくれたかな。」とまだちょっと不安そうに微笑んだ顔は忘れられない。でも親戚の集まりの時は全く喋れなくなる。娘と同じ年の人懐っこいいとこと比べてしまう自分に親として反省した。やっと慣れた実家や夫の実家でも新しい人が加わると、またリセットされてしまう。
実家や夫の実家では、心から娘のことを心配してくれるがゆえにアドバイスをたくさんもらった。でもどんな言葉も全部「私のせい」に聞こえて、家に帰って泣いた。だってどんなアドバイスも全部試したことだったから。でも言い返すことは出来なかった。だって実際の娘は挨拶すら出来ないし、同世代の子と比べて明らかに子どもらしさがないから。話しかけてくれても笑わずに真剣な表情でじっと見て、いつも私の近くから離れようとしない娘だから。でも私たち家族の前では本当に本当に元気いっぱいでおちゃらけることが大好きな一番のムードメーカーなのだ。でも本来の娘はそこにいない。だから言い返しても「もっとこうした方がいいんじゃない。」って言われてしまうのは目に見えてる。一回だけ夫の実家で義母のアドバイスが絶えれず泣いてしまったこともあった。
どんだけ挨拶くらいはしなさいと言っても出来ない。私がうるさいからなのか、せっかちだからなのかと自問自答しながら毎日を送る。でも実家も夫の実家も時間はかかったけど慣れてきているのだから、その内慣れると見守ることにしていた。
息子が通う幼稚園の遊びの広場やいろんなイベントにも参加した。ドアが開いた瞬間から口一文字と硬直する娘に変身してしまう状態は相変わらずだった。バイバイくらいはしてほしくて硬直した娘の手を持ってバイバイする日々だった。
幼稚園年少少として入園。髪型は、お団子ヘアにヘアピンで前髪を止めるスタイルがお気に入り。洋服は、Tシャツに半ズボンがお気に入り。でもお気に入りだけではなく、完全にそのスタイル以外は絶対に嫌がった。この格好でないと幼稚園に行けないと泣くほどだった。そこまでこだわりが強いのかと驚くほどだった。
極度な恥ずかしがり屋とこだわりの強さがあったけど、幼稚園に行けばだんだん変わると期待をしていた。でも全く変わらなかった。
先生から3か月経っても一言も声が聞けていないと言われる。ここで初めて幼稚園で一言も喋れない辛い毎日を送っていたことを知る。もちろん娘に幼稚園の様子を毎日のように聞いていた。こんなことがあったとか、こんな友だちと遊んだとか、息子よりたくさん幼稚園の話をしてくれた。だから、まさか喋れていないなんて知らなかった。少しは喋れているものだと思っていた。
確かに保育参観に行った時、つついたら今にも泣きそうだけど泣かないでじっと硬直している娘。朝バスが来るまでは嫌だと泣いていた日もバスが見えると泣き止んで自分からリュックを背負って静かにバスに乗る娘。幼稚園に送った時もドアが開いた瞬間から何も喋らなくなる娘。恥ずかしがり屋とは言え、やっぱり全部おかしかった。
居ても立っても居られず、すぐにネットで調べる。とにかく思いつく娘の症状を検索すると、「場面緘黙症」というワードがすぐにヒットした。どの内容を読んでも娘と全く同じ症状に鳥肌が立った。なんでもっと早く気づいてやれなかったのかとソワソワが抑えきれなかった。どうすればいいのか分からず、とりあえず市に相談した。すぐに娘を連れて、市役所に行き、プロに診てもらうことになった。でも結果は「極度の恥ずかしがり屋。」「もし場面緘黙症としてもまだ年少少。年少になって同じ学年の子どもと触れ合えばまた変わるかもしれない。それに精神科はどこも凄く混んでいるから、もう少し様子を見ては。」と言われた。年少まであと2か月。確かに年少になってからでもまだ遅くないと思った。
そして冬の音楽会。家であんなに練習を楽しそうにしていた娘。いざ本番では、周りの子どもたちが可愛い声でめいっぱい歌ったり、楽しそうに演奏する中、娘はただまっすぐ前を向いて立っているだけだった。泣いてる子ももちろんいた。娘も嫌だったらせめて泣いて、自分の感情を出してほしかった。
そんな娘が音楽会の数日後、突然、泣き出したことがあった。そして、私のお腹をグーで叩きながらワーワー泣き続けた。結構強く叩かれて驚いた。でも理由もなく突然泣き出す娘を見て、すぐに「音楽会」が悔しかったんだと思った。私も一緒に泣いた。娘をいっぱいギューッと抱きしめようとしたけど、抱きしめることすら受け入れてくれないくらい暴れて泣き叫んでいた。
やっぱりこんなはずじゃないのだ。娘が一番そう感じているはずだ。いつもはおちゃらけて家族のムードメーカーの娘が人前では別人。やっぱりおかしい。もう一度ネットで検索。相変わらず「場面緘黙症」がヒットする。絶対にこれだと改めて思った。今度は場面緘黙症で検索して出てくる市内にある場面緘黙を受け入れている診療所に直接行こうと決めた。感極まる思いを必死で堪えながら、探した施設に問い合わせしてみると、凄く丁寧に私の話を聞いてくれた。それだけでも驚くほど私の心は落ち着いた。そして冷静さを取り戻し、受診するための流れや、半月ほど待つこと等を教えてもらった。そして、幼稚園の先生にも事情を話し、施設に通う気持ちがあることを伝えた。
ついに年少になり、全員同じ学年の子どもたちと過ごす中で少しは変わることを信じた。施設に通う日にちは夏に決まり、それまでは娘の様子をしっかり見守ろうと決意した。
本当に場面緘黙症なのか。まだ診断はされていないけど、それでも親の私の中では確信していた。だからネットや本でとことん調べた。ネットでこの本がオススメとなれば図書館で借りた。でも大抵小学生の話。幼稚園児というまだ幼い子どもの内容が知りたくて何件か本屋にも行ってみた。でも場面緘黙症の本は意外となかった。あるとしても子育ての本の中の内容の1ページとか2ページほどに過ぎなかった。しかもようやく見つけた内容も「親の愛情が足りない。」の一文に「そんなはずは絶対にない!!」と本を閉じることばかりだった。
そんな中、娘はしっかり成長をしていた。なんと同じような恥ずかしがり屋さんの友だちと意気投合したのだ。実は先生がクラス編成の時にこの子となら仲良くなれるはずと同じクラスにしてくれた子だったそうだ。見事にその友だちと仲良くなり、その友だちなら、耳元で囁くことが出来るようになったのだ。凄く嬉しかった。その時期くらいから服装やヘアスタイルも自由になったのだ。娘の中で何か心の中の変化が確実にあったようだ。
耳元で小声で話せる友だちが二人になった時、その二人の友だちのお母さんと連絡を取り、親同士も仲良くなって家で遊んだりもするようになった。またクラスの女の子が7人ほどだったから、皆で公園で遊ぶ計画を立て、娘がだんだん打ち解けた様子もしっかり見ることもできた。ただし、娘はニコニコしているだけで友だちと遊ぶ時はいつもの娘の元気いっぱいの声は聞けたことは一度もなかった。でも仲良くなった安心出来る友だち二人だけには耳元で囁いているところを何度か見た。本当だった。心を許せる友だちが本当に出来た喜びと同時にやはり普通の声が出せないことを目の当たりにした。
夏になり、やっと念願の施設に受診が出来た。これでもかというくらい細かく今までの娘の様子を伝えた。また、私たち夫婦の性格や兄妹の性格や祖父母の性格や家庭環境。娘だけでなく関わるまわりの人と環境すべて質問をされ全部話したのだ。話し終えると「皆さんご健在だし、住まいもお近くだし、たくさん遊びにも行かれてるし、凄くいい家庭環境ですね。」と言われたことを覚えている。
そしてお医者さんとの受診で「娘さんは場面緘黙症の症状ですね。でもお母さん、これは遺伝でもないし、育て方のせいでもないからね。」と言われたのだった。
確定の診断を受けた時、やっぱりそうだったんだという複雑な気持ちと同時に私の育て方のせいじゃなかったんだという安堵感が凄い大きさで葛藤し、溢れるばかりの涙がいっぱいこぼれた。もちろん娘もいたけれど、でも止められなかった。今までのモヤモヤが一気に爆発してしまった。初めて会ったお医者さんなのに、いろいろ相談してきた誰よりも一番の理解者のように感じた。全部受け止めてくれたように感じた。
これから毎月2回のプログラムを立ててもらった。娘は嫌がると思っていたが、施設に通うのを毎回とても楽しみにしていた。幼稚園を休んで、「言葉の学校に行く。」という特別扱いが嬉しかったようだ。幼稚園の先生とも何度も手紙のやり取りをさせていただいた。幼稚園の先生も皆さんで娘をフォローしていただいているのがとても伝わり、この幼稚園にして本当に良かったと思った。
運動会のダンスの練習で、幼稚園でも伸び伸び体を動かせるようになっていると先生から教えてもらい、とても嬉しかった。だんだん心も体も成長していることにとても安心した。同じ幼稚園に通う息子や息子の友だちもいつも気にかけてくれていた。娘がダンスの練習が出来たよと一番最初に教えてくれたのも息子の友だちだった。「声はまだ聞いたことないけどダンスの練習は出来てたよ!!」と。
でも、いざ本番の運動会では、やはり硬直して何も手足が動かない娘がそこにいた。家であんなに嬉しそうに練習を見せてくれていたダンスでは、笑顔一つ見せずまっすぐ前を見て立つだけで、担任の先生が娘の手を動かし一緒に踊るだけだった。並び順が仲良しの友だちの隣なんだとあんなに喜んでいたのに、本番は泣いてしまう数人と娘は、列の隅にされていて担任の先生がそのメンバーを担当するスタイルに変わっていた。障害物競争では、「よーいスタート」の掛け声にスタートが出来ず、先生が手を繋いでくれ、娘は硬くなった体を懸命に動かし、精いっぱいの走りを見せてくれた。本来は運動神経がいい娘。足も結構速いはず。動かなくなる体が本当に悔しかったはず。皆で撮った写真撮影では笑顔がなかった。大好きな副担任の先生の膝の上なのに、ちっとも嬉しそうではなかった。でもよく頑張ったといっぱい褒めて抱きしめた。娘は何も言わなかった。
ある日、私が娘を迎えに幼稚園へ行った時、娘が大好きな副担任の先生が私を見つけるなり、真っ赤な顔で私のところへ来てくれた。「今日初めて私に話してくれました!!サンタさんに何をお願いしたのか聞いたら『いえ』って!!意味は分からなかったのですが、とにかくこの耳でしっかり声を聞きました。もー嬉しくて嬉しくて。」と副担任の先生が真っ赤な顔で目をうるうるさせて話してくれた。私も思わず顔を赤くして喜んで笑った。「いえっていうのは多分リカちゃんの家のことだと思います。」っと。先生と一緒に嬉しくておかしくて笑った。本当に嬉しかった。しかも大好きなこの副担任の先生にだったらいつか絶対喋ってくれるとずっと信じてたから本当に嬉しかった。
幼稚園に入って二回目の音楽会。歌と楽器。家では相変わらず嬉しそうに何度も披露してくれた娘。先生の真似なんてして家族を笑わしてくれた。でもいざ当日の朝。娘は音楽会用に買った猫のプリントがついたキラキラの靴を眺めて「声がまた出なくなるから嫌だな。」と話しかけていた。初めて娘の口から「声が出せなくなる。」というフレーズを聞いたのはこの日が初めてだった。小さな体で頑張っている娘の姿に目頭が熱くなったが、すぐに「猫ちゃん応援してくれてるから大丈夫だよ!」と明るく優しく肩を叩いた。
いざ本番の合唱では、なんと口が初めて動いていたのだ!!口パクでもなんでもいい。観客席からハッキリ見えた。口が動いていたのだ。そして楽器演奏でも初めてマレットを使って演奏に参加したのだ!!私は鳥肌を立てながらポロリと涙を流した。娘が客席に戻ってきた時の嬉しそうな表情は今も忘れられない。観に来てくれていた両祖父母もとても喜んでくれた。皆でたくさん褒めた。娘は恥ずかしそうにニコッとしていた。本当に良かった。よく頑張った!!
そして音楽会をきっかけに大きく成長し始めた!!実際は凄く少しずつだが、その一つ一つの一歩は娘の中では確実に大きくて計り知れないくらいの成長を感じるものだった。副担任の先生には耳元で何でも囁ける仲にもなった♡
年少の頃、副担だった先生がなんと担任の先生になった!!仲良しの友だち数名も一緒のクラスになった。先生方のクラス編成の配慮だった。幼稚園の先生方がすごく協力してくれ、一緒に娘を見守ってくれるのが身に染みて分かった。凄く有難かった。
娘は、ここから本当に急激に成長をした。
耳元で話せた友だちと大好きな担任の先生の前では普通の声で話せるようになったのだ。前に出る当番の仕事の時は話せない時が多いけど、頑張って声を出そうとしているようだ。凄い!!
運動会も普通にこなせた!!普通に一人で走れる娘、普通に一人で踊れる娘。手と足が自由に動いている娘。写真撮影も緊張しているけれどどこか自信に満ちた表情に見えた。いつも家で見せる大笑いの笑顔ではないけど、口も一文字にならず普通の顔の娘。これが本来の娘とまではいかないけど、これが普通の恥ずかしがり屋と言えるレベルの子どもの感じだと思った。これでいいのだ。ここまで出来ればもう安心だと思った。
ただ気になることは、保育参観のとき。やっぱり口を一文字にして一言も喋らなかった。でも、私に気づくと笑顔で小さく手を振ったり、ジェスチャーをしたり、小声で耳元で囁いてくれたりした。これで十分だと思えた。娘の笑顔が見れたから、それだけでとても安心出来た。
音楽会も普通にこなせた!!朝も不安になることもなく。歌も鍵盤演奏も楽器演奏もしっかり出来た!!写真撮影も仲良しの友だちと恥ずかしがりながらもたくさんの笑顔で写真が撮れた。
大好きな担任の先生が結婚。大好きな先生の結婚式の余興に招待された。今受け持っているクラスの子どもたちと去年副担任のときに受け持ったクラスの子どもたちで余興を頼まれたのだ。そして私が責任を任された。
結婚…ということは、退職!?すぐに退職がよぎり、先生に聞いてみると、今年度で退職するとのことだった。最近順調の娘がまた振り出しに戻ってしまうのではないかという不安と信頼している先生が退職してしまうとてつもない寂しさから先生の前なのに泣いてしまった。喜んで祝福すべきなのに…もちろん口では喜びのメッセージを言いながら、でも涙が止まらなかった。娘にどう話そう。。。
先生の結婚の話はすぐに広まり、子どもたちの中でも話題になるほどだった。娘は素直に喜んでいた。そして、辞めるということもなんとなく子どもたちの間で広まっていた。娘も分かっているのか分かっていないのか先生が辞めてしまうということも知っていた。
とにかく娘は大好きな先生の結婚式を凄く楽しみにしていた。あとは私が子供たち皆をまとめるだけ。。。凄いプレッシャーだった。こんな大人になって顔を赤くしてなんていられない。なんてったって娘が見ている。しっかりやらなくては。
当日まで何回も家で「じゃあ皆で大きな声で言うよ、せ~の!」など子どもたちへの掛け声を練習した。なんせ私も根っからの緊張屋だし、恥ずかしがり屋なのだ。その姿は娘にどう映ったか分からないが、当日恥をかかない為に必死だった。
そして、当日は私も少し声は震えたものの、子どもたち皆を元気いっぱいまとめることが出来た。無事娘に恥ずかしい姿は見せずにすんだ。そして、大好きな先生の結婚式は娘も笑顔でお祝いすることが出来た。
幼稚園の年中最後の面接の日。先生と本当に幼稚園で会うのが最後の日。娘もお礼が言いたくて何度も「先生ありがとう、大好き。」を練習し、面接の時に言おうとした。言ってほしかったし、娘もきっと言いたかったはずだが、結局口が開かず言えなかった。でも先生が娘をギュッと抱きしめてくれて、笑顔でバイバイが出来た。笑顔で写真も撮れた。心から私もお礼をし、さよならが出来た。本当にありがとうございました。
幼稚園最後の年長。クラスもがらりと変わり、一番最初に話せた心から安心出来る仲良しの友だちとも離れてしまった。大好きな先生は退職してしまった。そして新たな先生が担任の先生になった。
クラスはそれでも話すことが出来る気の合う仲良しの友だちが二人いたから毎日変わらず楽しいようだった。また新しい担任の先生はというと、娘のクラスの先生になったことは一度もなかったけれど、娘が年少少の頃に気にかけていてくれた先生の一人で、娘が園庭で遊んでいる時にちょくちょく話しかけてくれていた先生だったから、娘自身戸惑うことなく安心して受け入れることが出来ていたように感じる。もちろんどの先生も娘を気にかけてくれていたが、辛かった年少少の時期によく話しかけて寄り添っていてくれた先生の一人だったのが大きいように感じた。
娘もこんなに成長したし、まわりの友だちもどんどん成長しているなとつくづく感じる。その理由は一番最初に話せた心から安心できる友だちと離れ離れになってしまい、親同士はガッカリし合った。けれど娘自身は意外とそうではなかった。少し前からその友だちが物事をしっかり言える引っ張って行ってくれるタイプになり、それが本当は自己主張があってマイペースな娘にとって困惑したこともあったようで、仲良しだからこそ少し距離をとれて良かったようだった。それにクラスは離れても通園バスは一緒のコースだし、習い事のピアノも一緒だし、変わらずよく遊んでいたから寂しくはないようだ。それに、何より他にも話せる安心できる友だちが増えたというのが大きいのだと思う。
クラス編成を任されている私の信頼している主任の先生は、もしかしたら娘の心情をお見通しだったのかもしれない。仲良しだからこそのあえてのクラス編成だったのかもしれない。主任の先生にそれとなく聞いた時に「小学校は別々なわけだし、いつも見ていてその方がいいかなと思ったし、子どもたちのことを信じてそうしました。」とだけ教えてくれた。
二番目に仲良くなった友だちで、今回同じクラスになった友だちはというと、年中では同じクラスになれず、年長でまた一緒になれたので親としてはとても安心した。その友だちのお母さんとは喜んだし、離れた年中の頃から今もずっと一番最初に仲良くなった友だちと娘と三人で家に帰ってからもちょくちょく遊んでいるから変わらず子ども同士も仲がいい。その友だちは年長になっても相変わらず照れ屋さんなのだが、年少の頃から一足先に自分の意志をしっかり言えた子で、マイペースで言い返せない娘にとって後をついてくだけになっている時が度々あった。私は娘しか見えていないから娘主体で物事を考えてしまうから一概には言えないけれど、もしかしたら主任の先生や担任の先生も娘のことを考えて、仲良しがゆえにこれではよくないと年中の頃に離れ離れにさせたのかもしれない。そして年長で久しぶりに同じクラスにしてくれたのだと思った。
そんな中、年中から同じクラスになって年中から仲良くなったもう一人の友だちと急接近をし始めたのだ。きっとこの友だちと娘が仲良くなってきたのを先生が見逃さずに見ていてくれたから、もう一度年長も同じクラスにしてくれたのだと思う。その友だちは娘と違い全く恥ずかしがり屋ではなくとても明るくて、でも雰囲気が柔らかく優しくてマイペースな子。その友だちと急接近したことでまたイキイキした娘。その友だちとも家に帰ってから遊びたいと言い出したからすぐにその子のお母さんと連絡を取り、何回か遊んだ。私は自分から連絡を聞いたり誘ったりするのが大の苦手。でも、娘のためだから頑張った!!
その友だちと二人で遊ぶこともあれば、いつもの三人も一緒に皆で遊ぶこともあった。その様子を見ていて、娘だけじゃなくて本当に皆どんどん成長しているなと思った。鬼ごっこもちょっとずる賢くなったり、ちょっと意地悪も出てきたり、一方「じゃあこうすれば」とか「まいいよ」とかと諦めれたり客観的にまとめたり、友だちに気を遣ったり遣わなかったり、皆それぞれの考えを持って意志を伝えれるようになったのを感じた。
娘はと言うと、本来はワガママだし、気も強いけれど、友だち間だと言いたくても大きな声が出ないからなのか、感情的になることは一切なく、「まいいよ」「分かった」「じゃこうしよう」と言う冷静な優しいまとめ役タイプだと親ながらに察した。
そんなある日いつもの三人メンバーで遊んでいた時、意地悪な鬼ごっこが始まってしまった。友だちも全く悪気はない。皆鬼ごっこが大好きだけど、鬼にはなりたくないし、ずっと追いかけられて、はしゃぎたいという本心から意地悪なルールの鬼ごっこになってしまったのだ。。。
「〇ちゃん鬼になって!」「やだよ!△ちゃんがなってよ!」「やだ!じゃ◎ちゃん(娘)がなって!」「まいいよ」と娘が言い、娘が鬼になった。すると「じゃ当ててもずっと鬼は変わらないルールね!きゃ~!!」と大はしゃぎでスタート!!娘は永遠と追いかけていた。時々娘の優しい小さな声で「やめようよ~!交代しよ~!」と精一杯の声で言っているのが聞こえてくる。でも聞いてくれていないし、娘も怒らないし、泣かないし。それでも娘は笑顔で追いかけていた。さすがに私は耐えれず止めてしまった。「それはちょっとかわいそうじゃない?当てても鬼が変わらないなんてちょっと大変じゃない?」と娘を守った。それが正解だったのか間違いだったのか分からないけど、あとで娘に聞いたら「お母さんが止めてくれてよかったよ~。嫌だったもん。」と話してくれた。
これから先いろんな友だちと会ってもっと傷つくことが起こるかもしれないから、私は娘に「今度嫌だなって思うことがあったら泣きなよ!!しっかり言えないなら泣きなよ!!皆に伝わらないから!!」と伝えた。でも娘はすぐに一言「泣けないんだもん。泣くの恥ずかしい。」と。すぐ泣く息子と違い、泣くことすら恥ずかしい娘。まだ一年生なのに。これも場面緘黙だからなのか。。。でもここから先もっとこんなことが増えていくだろう。私だって経験したことがある。私も怒れないタイプだったから分かるけど辛いと我慢出来ず泣いたから相手には伝わって謝ってもらえて解決ができてきた。娘のように怒ったり泣いたりできない場合の解決ってただ耐えるだけなのか。それはキツイ。。小さいうちは私が近くにいるから助けれるけど大きくなってきたらと思うと不安だ。いや絶対耐えたらよくない。自分の気持ちを言えたら本当ははなまるだけど、言えないのなら自分の気持ちをちゃんと表現すること、逃げたっていいから辛い気持ち嫌な想いをした気持ちを相手に伝えることって重要だ。優しい息子と娘。言いかえると気の弱い息子と娘。二人にしっかり自分の意志を伝えることの大切さをお風呂の中でずっと話した。しっかり伝わっていることを願う。
でもそんな中、最近急接近した友だちを誘い、いつものメンバーと4人で遊んだ時の鬼ごっこのこと。いつものように「鬼ごっこしよ!〇ちゃんやって!」「やだ!じゃあ~」と始まった。するとその友だちは「私鬼やりたい!」と張り切って鬼をやってくれるのだ。嫌なことが起きても「え~そんな~」と大笑いしながら「ま~いいよ」と引き受けたり、「きゃははは」ととにかく笑っている。座る席も娘の隣がいいと主張してくれて娘も凄く嬉しそうに隣にしようと約束するも、離れ離れになってしまい、「え~」と残念だと主張はするものの、いつの間にか気にせず楽しく笑いながらお菓子タイムをしていたのだ。静かな娘とは真逆のとっても明るいタイプなのだが、「まいいよ」というタイプが似ていて、しかも本来の娘はとってもお調子者だから実はそっくりなのだ。これは娘と気が合うわけだと確信しながら娘たちを見ている私がいた。
そして今に至る。
もうすぐ年長の運動会だ。ダンスの練習は相変わらず家でたくさん披露してくれている。しかもクラス全員が出るクラス対抗リレーではなんと一番最初に走ることになった。リレーは出だしが肝心。ただただ娘が伸び伸び走れることを信じている。大好きな去年の担任の先生も運動会を見に来るようだ。ドキドキしているのはきっと娘。私は応援しか出来ないけど、娘を信じるにつきる。本番がとても楽しみだ。
こんな感じで娘の場面緘黙症の克服日記はまだまだ続くのだ。娘の調子がいい時も良くない時もいつでも私自身は前向きに娘に接していこうと思う。一番傷ついたり自信も持ったり心が大きく揺れ動くのは娘なのだから。親の私は動じないように頑張ろうと思う。
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